ツキを呼び込む 2
もし途中で不運をのろい、会社にたいして居直ったり、人生にたいしてすねたりしていたら、どんどん不幸になっていったでしょう。
運が悪いとおもったら、やはり"運がよくなろう"といいきかすしかありません。
「昔の人はよく寺参りに行ったし、八卦にも頼りました。
私の父はきわめてインテリだったとおもいますが、それでも四柱推命にこり、毎年正月その年の運勢を占ってもらっておりました」
日本も戦前は日々の生活が有為転変、社会全体が貧しく、戦争もあり、飢餓や不作も常態で、庶民はなりわいや人生を簡単に天災や不慮の災害で打ちこわされました。
人知、人力の虚しさをいやほどみせつけられ、不可抗力と宿命の波間に漂流を余儀なくされたので、自分の運を占う8卦と明日を託する神頼み、後生をねがう寺参りがさかんでした。
「しかし同時にそこには賭ける楽しみがありました」
今日の不安定さ、明日の不明確さ、いつどうなるか解らない転変の一方、棚ボタや人間万事塞翁が馬の期待もありました。
「ところが現在は人生や生活が安定し、先の見通しもだいたいつくので、とくにサラリーマン社会では、自分の地位や生活が、来年の今頃どうなっているかの見当がつくようになっています」
社会の安定や平和の良さは、将来の計算や見通しのつくところにあり、戦争や動乱の嫌なところは、予定や計画が立たないことです。
「その代わり治世太平の社会では、武士の子は武士、町人の子は町人で、日吉丸が太閤になることもなければ、平家に追われた源氏の復活もあり得ません」
来年の今頃や孫の将来まではっきりしていたのではおもしろくありません。
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